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ヴィトンスピーディ30定価編集

(この人、わたしを助けようとしてる)  葉は唇《くちびる》を噛《か》んだ。悔《くや》しいような情《なさ》けないような、複雑《ふくざつ》な気持ちだった。  なんの力もないみちるが身を挺《てい》して自分を逃がそうとしている——仲がいいわけでもなく、大して知りもしない相手なのに。 「なにしてんの、早く走って!」  緊張《きんちょう》のせいか、彼女は息を詰まらせていた。 (この人を助けなきゃ)  葉はよろけながら立ち上がった。「黒の彼方」は人間を殺さない契約を結んでいる。このカゲヌシを倒せなかったとしても、みちるがここから逃げる時間ぐらいは作れるはずだ。ひょっとすると自分は意識《いしき》を取り戻せないかもしれない、という思いがちらりと頭をよぎったが、もう迷いはなかった。 「『黒の彼方』が戦い始めたら、西尾《にしお》さんはここから逃げて」 「え? なに……」  みちるの言葉はもう葉の耳に入らなかった。大蜥蜴が悠然《ゆうぜん》と葉たちの方へ進んで来ている。彼女は息を大きく吸いこんだ。 「くろのかなた」  その瞬間《しゅんかん》、ぷつりと意識《いしき》が途切《とぎ》れた。  葉の足下《あしもと》の影が音もなく広がっていった。黒く染《そ》まった地面からうなり声が聞こえ、それと同時に二つの獣《けもの》の首がにゅっと姿を現した。 (犬?)  みちるが呆然《ぼうぜん》と見守る前で、その獣は完全に姿を現した——双頭《そうとう》の黒い犬だった。片側は起きているが、もう片側は眠っているように目を閉じたままである。 「もう少し離《はな》れましょう。危険ですから」  葉《よう》が低い声で言い、みちるの右の手首をつかんだ。
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